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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の94件の記事

2012/07/26

五輪スタート!

朝一番のニュース速報! ”なでしこジャパン”サッカー・女子予選

対カナダとの初戦に勝利、オリンピックへの素晴らしいスタートを

切りました。録画に見入りながら、選手たちの敏捷な動きに思わず

拍手しました。最初の歓びをしっかり胸に刻んで応援です。

 お話変えますが、この5月にとある花屋で見つけた撫子の一株を

植え込みに移植、紅白混ざりの花を楽しみました。6月末に咲き

終わっていたのが今朝になって新しく咲いてくれました。

 猛暑の続く中にひと回り小さなその花、可憐で健気な姿です。

ちょうど咲き始めた白芙蓉には待ってましたとばかり虫たちが

集まっています。芙蓉は晩秋まで咲き続けることでしょう。

熱中症にならぬよう注意怠りなく、炎暑期を乗り切ることにしたい

ですね。ロンドンの”なでしこ”の活躍に英気を貰いながら…sign03

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2012/05/22

川崎大師 五月

21日、川崎大師さん参詣は午後になりました。京急川崎から大師線で。

海からの風が微かな潮の匂いを乗せて初夏の空を渡って来ました。

 水屋で手と口を清め、お香を献じ、妹の病気平癒を護摩木に記して

本堂で祈りました。そのとき「二箇大法要修行」の始まりを告げる鐘が

鳴り、本堂外陣いっぱいに座す信徒の最後列に加わって拝観しました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 真言宗の密教の儀式お護摩は梵語でホーマ、み仏の智慧の火で煩悩

(苦の根源)を焼くという意味です。

 御本尊の宝前の護摩壇の周囲に香華をはじめ五穀、供物を供え、

導師が炉の中に護摩木を焚いて、弘法大師のご供養をする厳粛な修法

です。読経に合わせて一同も「南無大師遍照金剛」とご宝号を唱えます。

 お護摩により煩悩を焼き浄め、大厄を消除,家内安全、病気平癒など

ご利益を戴く祈願となります。(平成24年「川崎大師」より)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

年に3,4回ほどの参詣では信者とは言えません。ただ母方の宗派が

真言宗というご縁から、長年のお参りをし、真言密教に関する図書や

「空海展」、高野山詣でなどで”お護摩修行”を理解し得ていたのです。

 さて、不動堂と福徳稲荷社へ参り、つるの池でひと休み。

 昭和33年5月、再建新本堂への御本尊遷座式の砌、記念句会に

招かれた高浜虚子翁の立派な句碑を紹介いたしましょう。

 虚子翁 献句  金色の涼しき法の光かな   虚子

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2012/03/27

春愁

ようやく春めいて、やれうれしや…の心地は忽ちの内に

哀しみに変わってしまう、それを幾たびも経験したため

春愁の二文字にはことのほかの思いがあります。

 親しみ、愛しんだ高齢の友が旅立ちました。御霊安かれ

と祈り、嘆きを胸中に収めるばかりです。

 それとは別に、ここ2年、わたしをサポートしてくれた若い

女性が職を離れ、新しい仕事に就くと打ち明けてくれました。

「新しい門出、おめでとうcherryblossom」と言って、カランコエの花の小鉢

を餞に贈りました。心から別れを惜しんで…。

 いつもの年は2月下旬に開く沈丁花がいま咲いています 。

あたりに漂う香りさえ切なくほのかに感じられました。

Smidori Smidori_2

 隣りのスタジオの入口には大きな泰山木があり、その幹を

守るように馬酔木が育ち、花盛りになっています。小さな鈴を

連ねて垂れる花は私の拙い句作りにヒントを与えてくれる大切

な存在なのです(写真右)

 どちらもなんだか”春愁”めいた淡い淡いカラーです。

2011/08/29

白き瓶

厳しい暑さもそろそろ衰えを見せ、葉月が終わり

になります。植え込みの柘榴の枝先に実が点々と

付いて、小さい球形の揺れる……秋の訪れです。

 暑さ凌ぎに本棚から取り出した数冊の中で、

読み返した『白き瓶』藤沢周平著に歌人長塚節の

切ない人生と美しい和歌の背景に感動新たでした。

 「白埴の瓶こそよけれ霧なから

              朝はつめたき水くみにけり

師の正岡子規に「見たものをお詠み。想像はいかん」

と諭された節は生涯これを尊んで歌作を続けました。

 「白銀の鍼打つごとききりぎりす

              幾夜はへなば涼しかるらむ

 「嗽ひしてすなはちみれば朝顔の

              藍また殖えて涼しかりけり

 私の、心に残る節さんの歌から三首を掲げました。

なお、藤沢周平さんの数多の作品のなかでも、これ

こそ、稀有の歌人の短くも静謐な生涯を描ききった

鎮魂の作として後世に残ること確かと思います。

2011/01/23

「和」の小物

山梨県の伝統工芸品・印伝を愛用しています。

それも財布や印章ケースといった小物に限って…。

使い込んだ小銭入れをどこかでなくしてしまい、

やはり印伝の小銭入れを持っている友にその

話をしたとき、「葛飾に職人がいるお店があるの、

よかったら買ってきてあげる。」と約束してくれました。

いつになろうとかまいませんよ、と言っておきました。

小正月の午後、「葛飾へ行って来たのよ、ついでに

寄って選んだけれど気に入らなければこの次に…」

気に入らないどころか嬉し嬉しです。

鹿皮に漆を使う技法は印度から伝来したそうですが

深みのある飽きのこない彩と繊細な模様は「和」の

職人ならではのアートです。

バッグなども優美ですが、私には小物が一番です。

Smidori_2 それから数日後、

鎌倉の友からメールをもらい、何年ぶりかで会うこと

ができました。コロンバン・ティールームで長い時間

話し込みました。帰宅して彼女に戴いた包みを開け

ると綺麗な小箱が一つ。

「讃岐和三宝」の干菓子、昔ながらの伝統を守った

なめらかな溶け具合も仄かな香りも祖母のいた頃の

和三盆そのままの甘さです。湿気は味わいを損なう

とあり、お薄を点ててゆるりといただきました。

大寒の空は青く澄み、春まだ遠し…さりながら

「和」を想い、いまに受け継がれている技を思う

ひとときに、こころ充たされたのでした。

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2010/08/31

八月尽 Ⅱ

本棚の中に三浦哲郎さんの本が並んでいます。

何度か読み返すのに便利な位置には『白夜を旅する人々』

『木馬の騎手』『愁月記』など、短編集モザイク『みちづれ』

その他…。三浦さんが書いておられたあの話…と、ふいに

読みたくなるからです。

『狐のあしあと』(講談社刊)には、早大3年のときのこと、

小沼丹さんに伴われて初めて井伏鱒二先生のお宅を訪ね、

敬愛する作家の実像に触れての随筆が載っています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「嬉しさで緊張のあまり一語も発することができずに、のべつ

汗ばかり拭いていた。先生の問いに、はい、とか、いいえ、

とかの返事のほかに、いちどだけ、好きです、と発言した。

お酒のことを訊かれたのに答えたのである。

 夜遅くまでお邪魔をしたが、いまでも耳に残っている言葉

は、ほんの二つ三つだけである。

「太宰はよかったな。こんな晩、縁側の方から、

今晩は…ってやってくるんだ。いいやつだった。

生きてりゃよかったのにね。」

それから、「太宰が生きてて、君見たいな後輩がいることを

知ったら、喜んだだろうな。」

私は、夢を見ているような気持で、カナブンブンが一匹、

仕事机の上でじっとしていたのを覚えているきりである。

随筆集『狐のあしあと』 V「雞肋集」の作者 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

三浦さんは終生、井伏先生を師と仰ぎ、真心こめて

尽くされました。私はこの随筆の文章がこよなく好きです。

   

2010/08/30

八月尽

とうとう一粒も雨も降らずに暑熱月は終わろうとして

います。この夏の異常といえる季節の移ろいを憂うる

わたしはさらに大きなショックで胸の奥深く哀しみが

住みついてしまいました。

 29日、作家・三浦哲郎さん死去の報はTVニュース

で、記事は朝刊(朝日新聞)で知らされました。

「三浦さんは日本文学独特の私小説の純粋な血統を

守り抜いた方です。身内の不幸と向きあい、人生の

真相を描き続けました。文体を磨き、句読点に至るまで

おろそかにせず、文章そのものが作家の真しな姿を表

していました。こんな書き手はもういません」との秋山駿

さん(文芸評論家)の言葉はなによりの香華に思え

ます。深く御冥福をお祈りいたします。

Smidori 過密住宅の建ち並ぶ町内の一画に足を止めて見ました。

おお、これぞ秋♪ パンパスグラス…日本名シロガネヨシ。

高さ1.5~2,5mにもなるそうです。町中にオアシスの

ような存在です。          (この項つづきます)

2010/07/26

おおっ 火星!

Smidorinasa朝日新聞25日の朝刊で「NASA 詳細な全域地図公開」の記事。

さて、この写真、どこでしょう? NASAの探査機「マーズオデッセイ」

が撮った火星のクレーターです。ブルーの河状に見えるクレーター

のへりに砂丘が出来ています。

 探査機は8年がかりで地球の半分の大きさを

持つ火星全域を撮影、地図作成を成し遂げたのだ

そうです。えらいなぁ~sign03

 私らは火星には火星人が住んでると、信じていました。

でも、どうやら生命を持つ者は住んでいない模様ですね。

 おっとばかり驚いて、NASAのサイトを開いてみました。

これら2万枚以上もの火星の写真からやがて詳細な

研究の結果が報告されることになります。待望しましょう。

2009/12/28

年の瀬に…

今年も残り僅かとなりました。あれやこれや、未整理

のままの悔い多い年の瀬です。鏡台の引き出しの奥

から出てきた捩子の壊れたオルゴールの小箱を手に

して20代の頃の自分へ想いが馳せ還りました。

 そこは神田・出版社の編集部。新入りほやほやの

駆け出し部員の私でした。黒板に行き先と帰社時間

を入れ、挨拶そこそこの背へ「おい、ハンカチ持ったか、

電車間違えるなよ」と大声がかかります。編集長です。

あぁ、Faxもケータイもない時代です。作家先生のお宅

へ通い、〆切りのお原稿を戴いて、たとえ夜遅くに

帰社しようと、きちんと待っている編集長でした。

「ハンカチ持ったか」で鍛えられ、叱られて泣くときも

ありながら、この言葉を出発点にどうにか一人前の

編集スタッフに成れたのでした。小言コウベエのニック

ネームで恐れられた人もすでに天国ですが、その後の

私の仕事人生にとって計り知れない恵みをくれた恩人

です。「ハンカチ持ったか?」「は~いear

 あるときは切なく、あるときは嬉しく、哀しみも歓びも

密やかに包んでくれるハンカチの数々は自分史のよう

なモノだと思います。オルゴールをきっかけにタイム

スリップして、少し感傷的になり、使わずに仕舞っていた

ハンカチを撮りました。昔話の形見のように……。

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2009/09/11

挿絵愉しむ

朝日新聞朝刊の連載小説「麗しき花実」が終わりました。

9月9日、最終回の欄を切り抜き、物語の余韻に浸りました。

名手・乙川優三郎さんの描く女主人公、理野が松江から

江戸へ出て、蒔絵師として独り立ちするまでの修業の日々

が細緻に描かれて、読み応えがありました。そしてなによりも

理野さんを取り巻く人々と神田から上野、根岸などの四季の

佇まいを写し出してため息をつくような挿絵を続けてくださった

中一弥画伯に賛辞を捧げたいと思いました。

 毎朝、うっとりと眺めて物語の時代と女の生き方に想いを

馳せました。やがて単行本になるでしょうが、毎回の絵は

連載ゆえの贅沢です。切り抜いて保存という友の話を

よろこんだのは連載始まって間なしの頃でした。

 物語には琳派の継承と変容で有名な酒井抱一や

鈴木其一が登場しました。昨秋、平成館で公開された

「大琳派展」で観た、屏風絵を思い出して、ほのぼの

気分に包まれたのも、ふたりの作者の筆の魅力です。

(写真の挿絵は右上が理野さん、下がしなさん)

Smidori Smidori_2 

朝日新聞より 

              Smidori_3

より以前の記事一覧